白の吐息  

 

「え?お前雪見たことないのー!」
「・・・ンだよ・・・わりーかよ」
「僕もないよ」
ルヴァ様とオリヴィエ様と俺たち3人お茶会をしてたんだけど、何の拍子からかこんな話になったんだ。
主星では雪が降っていたんだけどなぁ。他の惑星では降らないのかなぁ。
「ふーんマルセル。アンタんトコは熱帯森林系だもんね。見たことないだろーね〜〜。でも、雪なんて、ありすぎるとヤんなるわよ。
寒いしー、交通は遮断されるしー陸の孤島になっちゃうしー…」
「さすがオリヴィエ、実感こもってますねー。ああ、あなたの出身地は寒冷惑星でしたもんねぇ」
「まぁね、こっちに来てなんて暖かい土地なんだろうって思ったくらいだしね」
「そうですねー。確かに。私もここに来てなんて過ごしやすいところだと思いましたよ。砂漠は朝晩の気温差が激しすぎますしねー」
「ふーん・・・オレんトコは冷たい風がびゅーびゅー吹いてたけど、雪なんて降らなかったぜ」
「主星はいいとこどりだもんね。まあ聖地もそうだけど。でも聖地の雪ったって舞ってる程度で積もらないしねー。
ま、何ほども程ほどがいいって事。あ、そうだ、ルヴァあの件さぁ〜…」
話が別の話題に移ったけど、何となくオリヴィエ様の「いいとこどりの主星出身」って言葉に引っ掛かりを感じつつも
(ホントにいいとこどりはジュリアス様の出身地近辺だと思う)俺は薄く雪化粧した故郷の風景を思い浮かべていた。

そんな話題があったのをすっかり忘れ去った頃、俺は陛下から視察の命を受けた。
場所はアステキウム。寒冷惑星帯に入る・・・のだろう。同行者はゼフェル。
「あー、いいなーランディ。僕も一緒に行きたーい!」
「おいマルセル、じゃあオレと変わるか?オレだってランディと一緒だと思うと久しぶりの視察も真っ暗だぜ…」
「ゼフェル、それどういう意味だよ。お前なぁ〜〜」
「ほらー、二人ともまたケンカするしー。やめなよー」

********************

そして俺たちはアステキウムに着いた。
「ま、いがみ合っててもしょーがねーし…まあ仲良くやろーぜ」
ふとゼフェルが照れくさそうに口を開く。珍しく殊勝な態度。こいつだって、素直になれないだけ・・・なんだよな。
「・・・それにしてもさみーな。聖地が暖かかった分だけ余計にそう感じるぜ」
「ああ」
「でもよ、俺の出身惑星の寒さとはなんか違った感じだ」
「そうなのかい?。・・・ところで迎えが来てるって聞いていたんだけどな」
俺たちは迎えを探す。
そんな時ゼフェルに子供がぶつかった。
「・・・ってーな・・・」
「あっ、ごめんなさい!」
ゼフェルにぶつかった子は下げた頭を上げゼフェルを見上げ・・・驚いたように見つめる。
「・・・・・・?何だよ。俺の顔に何かついてる?」
「あ・・・!い、いえ、何でもないです。ごめんなさい。じゃ僕これで!」
「なんだ?変なヤツ・・・」
その子は母親でもいるのか向こうに慌てて走り去った。
「ゼフェル、大丈夫かい?ほら、研究員の方あそこにいたよ。行こう」

********************

「ようこそいらっしゃいました。視察期間中何かありましたらこの者、ルイードにお申しつけください」
「よろしくお願いいたします。あの・・・鋼の守護聖様なんですよね・・・?」
礼をし頭を上げた彼は俺たちを見つめた。
「あ・・・あの?」
「あ、いえ。失礼しました」
訝しむ俺に彼は慌てて否定し再び礼をする。
それから研究院で色々説明を受けその日の任務は終了した。
「・・・なぁ、俺ちょっと気になることあったんだけどよ…」
「ん?何だいゼフェル」
「いや・・・星の状態ってんじゃねーけどよ。ん・・・・・・。いや、何でもねー。俺の気のせいだろ」
「?・・・おかしなやつだな。それにしてもやっぱり寒いな。お前も風邪引かないよう暖かくして休めよな。じゃ、おやすみ」
「おー、また明日な」
俺たちはそれぞれの部屋に入り眠りについた。

翌朝俺たちは研究院へ向かう。泣き出しそうな灰色の空。
「あ、おはようございます。よく休めましたでしょうか」
ルイードさんが朝の挨拶をする。正確な年は分からないけど俺たちよりちょっと上に見える。オスカー様くらいかな。
「おはようございます。じゃあ今日もよろしくお願いしますね。ほら、ゼフェルも・・・」
「あ・・・?ああ、ま、そういうことで」
「ゼフェル・・・!すいません、こいつ、朝弱いらしくて」
俺はルイードさんに弁解する。ゼフェルは寝起きが悪くて機嫌悪いのかつっけんどんな態度だ。視察に来てるっていうのにこれじゃ・・・。
「いえ、気になさらないで下さい。守護聖様と言ってもそんなこともあるのですね。なんだか親しみがわきます」
「そ・・・そうですか?あはは・・・」
「おい、ランディよ、ここどーなってんだ?」
俺とルイードさんの会話を遮るようにゼフェルが呼ぶ。
「あ、ああ、ゼフェル、どれ? ・・・じゃ、ルイードさん一日頑張りましょう」
「ええ、ランディ様」

*********************

それから数日が過ぎた。視察ももうすぐ終りに近づいた夕食の時ゼフェルが口を開く。
「俺、あいつ嫌いだ」
「あいつって・・・?」
「あのルイードとかいう奴だよ。仲良くやってるおめーには悪いけど」
「な、なんで?いい人じゃないか。それにお前にすごく気を遣っているように見えるぞ」
「なんていうかよー、ダメなんだよあいつ。それに・・・」
「それに?」
「似てる。俺の思い出したくもない記憶のあいつに」
「?」
「っ。おめー、やっぱり鈍感だなー。あいつだよ。ライの野郎だよ」
「え?でも似てないよ?優しいし穏やかだし似てるなんて思えないけどな」
「はん。まーいーさ。俺は深入りしねーからな。さっさと視察終わらせて帰ろうぜ」

それからもゼフェルはルイードさんにつっけんどんな態度を取り続け、俺はそれをたしなめ・・・という毎日だった。
いくら苦手っていっても、視察先でそれでは失礼だし。ルイードさんにも申し訳ないもんな。
その都度笑って許してはくれるけど、やはり不愉快だと思ってると思うんだ。
もし俺がそんな態度取られたらやっぱり面白くないもんな。
でも、そうしている間に視察期間も無事終わった。とりあえずはこの惑星は問題ないという結果が出て、最終日は任務も解かれ俺たちは街を散策していた。
「な、なあこれが雪かよ。すげーな。寒みーのはヤだけど」
研究院と宿の往復だけで、落ち着いて外も見ていなかったけど、数日前から降り出した雪が積もりだしていた。
文句を言いながらもゼフェルの足取りが弾んでいる。
「ああ、俺のところでもこんなに降らなかったよ。寒いけど、なんかいいな。もっと降って真っ白になって、そこを駆け回ったら楽しいだろうな」
「だからおめーはめでてーガキだっていうんだよ」
「ガキだって? じゃあお前はそういうこと思わないのかよ!」
「あ。な、これマルセルにいいんじゃないか?あいつ気に入りそうだぜ」
慌てて話題を変えるゼフェル。

「あ、ランディ様、ゼフェル様!」
「ルイードさん! あれ、今日はお休みですか?」
「ええ、今日は一応私も非番なものでして・・・ちょっと買い物に出たんですが・・・あ、せっかくですから私の家に来ませんか?
そろそろお昼じゃないですか。お口に合うかわかりませんが一緒に食べましょうよ、ね?明日には聖地にお帰りになるんでしょう。ですから…」
「ですけど・・・そんな悪いですよ」
「いえ、そんなことないですから、ね、おいでくださいよ」
「おい、俺は遠慮させてもらうぜ」
ゼフェルが袖を引っ張り小声で囁く。
「ゼフェル、この場に及んで何を言ってるんだよ。最後の最後まで失礼を通す気かい?」
俺達の小声の会話が聞こえたのかルイードさんはちょっと困ったような顔をする。
「ほら、ゼフェル、な、悪いもん、行こうよ。な、俺の顔を立てると思ってさぁ」
「けっ、おめーの顔なんて立てる気さらさらねーよっ。でも、ここでおめーに‘貸し’作っておくのもいーなーなんてな」
にやりと笑うゼフェル。まったく、こいつってば・・・
「よーし、行ってやるよ。それでいいんだろ」
「ゼフェル・・・。あっ、お願いしますルイードさん」
「ええ、こちらです」
それにしてもこんなに降ると歩きづらいな。ゼフェルもそうみたいだ。ルイードさんは慣れているようですたすたと歩いていく。差をあけないようになんとかついて行く俺たち。

「では、あらためて、私の家へようこそ」
ルイードさんはにこやかに俺たちを迎える。奥さんと男の子が一人。ルイードさんに目元がよく似ている。 でもどこかで・・・
「あっ、空港で・・・!」
そう、その子は空港でゼフェルとぶつかった男の子だった。
「あ、お兄ちゃん、あの時はごめんなさい。僕、前をよく見てなかったから・・・それに・・・」
「あー、別にンなこたぁいいよ。おめーも気を付けろよな」
「うん、ごめんなさい。ありがとうお兄ちゃん」
「こら、ロッド。お兄ちゃんじゃないだろ?この方々は守護聖様というんだ。お前もお父さんもお母さんも、この方たちのおかげでこうやって幸せに暮らしているんだぞ」
「そ、そんな・・・!そんな風に言われると困ります。ルイードさん、やめてくださいよ」
俺は恐縮して言う。やっぱり守護聖だからって特別視されたくないよ。特に小さい子の前では。
「そういう訳にはいきません。あなたたちは宇宙の均衡をつかさどるサクリアを持っているのですから。
それにいくら研究院にいても守護聖様たちと会えるかどうかわからないのですからね。 よもやこうやって自宅に招くなど、信じられない出来事ですよ」
あー、そうかもしれないけど・・・やっぱり照れるよ。
「ええ、そうですよ。まさか守護聖様たちがこんな家に来てくれるなんて。さあ、何もありませんが、くつろいでいって下さいませね」
奥さんがテーブルの上に皿を並べてくれる。素朴な郷土料理(らしい)だ。
ゼフェルはゼフェルでロッドに懐かれていた。どうやらあいつも悪い気はしてないらしい。すっかり一緒になって遊んでいる。
「お口に合うかわかりませんが、よろしかったら召し上がってください」
ルイードさんと奥さんに促され、俺たちは一口口にする。
なんていうか懐かしさが広がる。あの下町での母さんと妹との暮らし・・・あの頃が思い出される。
「おいしい。。。とてもおいしいです」
奥さんの嬉しそうな顔。・・・・・・母さん・・・。あの頃の生活が浮かぶ。どうしたんだろ、俺。らしくないな。

食事も終わって、くつろがせてもらっていたのだが突然ルイードさんは別室に俺たちを招き鍵をかけた。
「てめー、鍵なんてかけて俺たちをどうする気だ?」
「落ち着いてくださいゼフェル様、私はあなたとお話がしたかっただけです」
「話ならこんな別室で鍵までかける必要はねーだろ!え?」
「私は、あなたにこれをお渡ししたかったのです。どうやらあなたは私を嫌っているようでなかなか打ち解けてくださらないし・・・。
でも、どうしてもこれを渡さないと・・・」
ルイードは机の上に箱を置いた。箱はかなり古びている。
「・・・? なんだよこれは」
「忘れ物・・・いえ、過去からの贈り物です。あなたが・・・開けてください」
「? どういう・・・意味だ?」
ゼフェルはその箱を開く。

「!」
「・・・受けとって、いただけますか?」
「な、なんで、これがここにあるんだよ・・・」
「ゼフェル?」
中から出てきたのは工具セット。今のものではないようだけど、でもゼフェルにとっては特別のものらしかった。
「ばっ、こんなもの俺が受けとれるかよ!」
「いえ、受け取っていただきます。私はそのためにここにいるのですから…」
「だから、なんで…」
「先祖からずっと言い伝えられてきました。いつか鋼の守護聖がこの地を訪れたら渡してくれと。
先祖ライは守護聖の交代時、ゼフェル様につらく当たったことをずっと後悔していたようです。
彼は守護聖の任を解かれた後、この星に流れついたようですね。そこで新しい人生を築いたのです」
「あ、あいつが・・・ライが。。。後悔なんてするかよ・・・」
ゼフェルは目の前の工具セットを見ながら呟く。その拳は固く握り締められ心なしか震えているように見えた。
「あいつが俺にどんなに・・・・・・」
「ですが、ライは言っていたのです。謝ってほしいと」
「・・・! じゃあ聞くけどな!あんたらずっとそのためだけに何代も存在していたのかよ!
そんな…もしかしたら永遠に起こらないかもしれないことに!
そう!よもや守護聖が・・・鋼の守護聖が来たって俺じゃないかもしれないのに!
それでもそん時の鋼の守護聖に手渡すつもりだったのかよ!」
「ええ、それでもです・・・」
目を伏せるルイードさん。
「ばっ、バカバカしくてやってられねーぜ!」
「ゼフェル、待てよ!」
俺はゼフェルの腕を取る。ルイードさんの一族はどれだけゼフェルを待っていたのだろう。そして、彼の代でも会えなければ将来ロッドにその思いを託すのだろう。
「お前、受け取れよ!ライ様は確かにちょっと・・・恐かったけど
でも、こうやってお前と和解しようって言ってるんだ。
その思いを、ずっと引き継いできたルイードさんたちの思いを、お前無駄にするつもりなのか!」
「・・・・・・だってよ・・・今更」
ゼフェルは俯く。
「とにかく、受けとれよ。・・・な?」
「・・・・・・」
ゼフェルは意を決したようにそれを手にする。
「じゃあ・・・もらってやるよ。一応はアンタにも世話になったし、その礼としてな」
「ゼフェル様、ありがとうございました。これで私たちも・・・」

そこに一陣の風が吹いた。
「わっ!」
思わず目をつぶる。
目を開けたときにはさっきまでいた部屋も、ルイードさんも奥さんもロッドも、そして家も何もなかった。 そう、一面の銀世界。
「?!」
「今のは・・・幻・・・だったのか?」
首を振る俺。だってゼフェルの手にはしっかり工具セットが握られていたのだから。
「信じられねーけど、さっきの出来事、事実だったんだよな?
あいつ・・・ライの念にずっと縛られてたんだろうか・・・・・・
・・・だとしたら、最後まで面倒かける野郎だぜ。子孫にまで重荷背負わせやがって」
吐き捨てるようにゼフェルが言う。
「でも、お前に謝りたかったんだろ? ずっとずっと、お前にさ」
ゼフェルにはそれには答えず、ただ雪の降る灰色の空を仰いでいた。唇を噛み締め泣きそうな顔で。
俺たちの身体にも雪がうっすら積もる。
「・・・身体冷えてきただろ、帰ろう」
俺はゼフェルの肩の雪をそっと払い、肩を抱き宿に向かう。

 
翌日、研究院の皆が見送りに来てくれた。
しかしルイードの姿はなかった。驚いたことに誰も彼の存在を覚えていないのだ。代々研究員だったはずなのに。皆、そう言っていたのに。
じゃあ昨日の出来事は・・・と思うと不思議でしょうがないけど、事実なんだよな。
彼らに別れを告げ俺たちはシャトルに乗り込む。

惑星アルキテウムがどんどん遠くなり、もうどの星なのかわからない。
この数日間の出来事を思い出していた俺。そんな時ゼフェルが不意に口を開く。
「なぁ、俺さ、帰ってからあいつの工具セット開けたんだよ。何年経っているかわからないけど しっかり手入れしてあって・・・そしてメッセージがあった」
「え? 何て?」
「“鋼の守護聖へ その力で未来を作ってほしい そして私のようにならないことを望む”だとさ。
誰がアンタみたいになるかってんだ。なぁランディ」
「あ・・・ああ、でもお前も微妙に・・・ライ様に似てるとこが…」
「なんだと?このランディ野郎!あんな気の短けー乱暴な野郎と一緒にすんじゃねー!」
「こ、こらゼフェル!やめろって」
つかみかかろうとするゼフェルに静かにしろと指を口に当てる。ここはシャトルの中なんだぞ。全く・・・
ゼフェルもはっとして座りなおす。
「でもよ・・・わけわかんねーこともあったけど、この視察退屈しなかったぜ」
「・・・そう・・・だな」
「それによ、俺、おめーと・・・雪っての見られてよかったぜ。すげーもんだな。一面真っ白でよ。
いつか、俺様作の雪上バイクで疾走してみたいぜ」
「ゼフェル・・・ほんと、お前らしいよ」
俺は苦笑しながら言う。
「でもよ、あのルイードのことは俺たちだけの秘密だぜ。・・・って言うかさ、あんなこと誰も信じてくんねーだろーし」
「・・・・・・かもな」
「じゃ、俺、到着まで寝るわ。着きそうになったら起こしてくれよ」
「起こすも何も終点だろ」
「まーいいじゃねーか。・・・ントにおめーは融通がきかねーってーか何てーか…とにかく俺は寝る。じゃな」
アイマスクをつけシートを少し倒したゼフェルは本当に眠ったのか何も言わなくなった。俺は1つ肩で大きく息をし シートを少し倒し上体を預け目をつぶる。
この視察、俺たちにとって忘れられないものになるだろう。
マルセルに雪の話をしてやろう。あいつ、どんな顔するかな・・・ そしてゼフェル・・・俺もお前と、雪を見られてよかった・・・・・・
俺も次第に夢の世界に引き込まれていった。
明日には聖地に着くだろう。シャトルは静かに主星に向かう。


実はこれは去年書きかけてほったらかしたものに、もう1つの漠然とイメージしてたものをくっつけました。
こんな「盲亀の浮木」みたいなことがあってたまるかよ。ですが、大目に見てやってください。

2004.12.13 UP

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